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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)3725号 判決

原告 井川光好 外一名

被告 昭南実業株式会社 外二名

主文

一、原告らの被告株式会社七福相互銀行に対する「別紙日録〈省略〉記載の土地、建物につき大阪地方裁判所昭和三六年(ケ)第四八号不動産競売開始決定に基く競売はこれを許さない」、および「右不動産競売開始申立を取下げよ」との請求は、いずれもこれを却下する。

二、原告らその余の請求はすべてこれを棄却する。

三、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告昭南実業株式会社(以下被告会社という)は、

(一)  原告雅英に対し、別紙一、不動産目録〈省略〉記載(甲)、(乙)の土地(以下本件(甲)(乙)の土地などという、登記についても同じ)について別紙二、登記目録〈省略〉記載(1) の登記の抹消登記手続をせよ。

(二)  原告光好に対して別紙一、不動産目録記載(丙)の建物について本件(2) の登記の抹消登記手続をせよ。

二、被告福田辰雄は、

(一)  原告雅英に対して本件(甲)、(乙)の土地について本件(3) の登記の抹消手続をせよ。

(二)  原告光好に対して本件(丙)の建物について本件(3) の登記の抹消登記手続をせよ。

三、被告株式会社七福相互銀行(以下被告銀行という)は、

(一)  原告雅英に対し、本件(甲)、(乙)の土地について本件(4) 、(5) の抹消登記手続をせよ。

(二)  原告光好に対し、本件(丙)の建物について本件(4) 、(5) の登記の抹消登記手続をせよ。

四、本件(甲)(乙)の土地、(丙)の建物につき、大阪地方裁判所昭和三六年(ケ)第四八号不動産競売開始決定に基く競売はこれを許さない。

五、被告銀行は、右不動産競売開始の申立を取下げよ。

六、訴訟費用は被告らの負担とする。

第二、争いない事実

一、原告雅英は昭和一八年一一月三日生れで、未成年の間は父光好、母ハルがその親権者であつた。

二、原告雅英の所有に属していた本件(甲)、(乙)の土地、原告光好の所有に属していた本件(丙)の建物に本件(1) 、(2) 、(3) 、(4) 、(5) の各登記がある。

三、被告銀行は、被告福田に対する根抵当権に基いて大阪地方裁判所に対し、本件(甲)(乙)の土地、丙の建物につき競売申立をなし、昭和三六年(ケ)第四八号として昭和三六年二月八日競売開始決定があつた。それに基き昭和三七年九月ごろ右不動産について競落許可決定があつたが、競落代金の納入ないまゝ、仮処分決定により手続は停止されている。

第三、争点

一、原告らの主張

(一)  本件土地建物に対する本件(1) 、(2) の登記は、それぞれ昭和三三年八月二五日付の売買を登記原因としているが、原告らは被告会社に本件不動産を売却したことはないからいずれも登記原因を欠く無効な登記である。従つて無効な登記に基いて順次なされた本件(3) 、(4) 、(5) の登記も無効である。

(二)  本件(1) (2) の登記は被告会社が原告の白紙委任状、印鑑証明書を無断で使用して、登記手続をしたものであり、その間の事情は次のとおりである。

原告光好は昭和三三年八月頃訴外株式会社関西相互銀行に金六五万円の債務を負担していたので、右支払のために、訴外安部信利の紹介で被告会社から金七五万円を借受けることとした。右債権担保のために、本件(丙)の建物だけに抵当権の設定をすることを約したが、その権利証書、白紙委任状、印鑑証明書を安部にあずける際、安部は、「建物だけに抵当権を設定するのだが、財産がある井川家の資産状態信用のため被告会社にしめすだけに使うのだから土地の権利証書も貸してくれ」と言葉たくみに原告光好からし、本件(甲)、(乙)の土地の権利証をも交付させた。その結果、安部と被告会社は、右の書類を使用してほしいままに、本件(1) (2) の各登記をなしたものである。

ちなみに本件土地建物は当時で価格五百万円以上、建物だけでも三百万円以上の価値があつたことからしても、本件(甲)、(乙)の土地まで抵当に供する筈がない。

(三)  被告銀行の申立により、被告福田に対する抵当権に基き本件土地、建物について競売手続が進行しているが、これらの物件は右のとおり原告らの所有に属し何ら被告銀行に対し負担していないので競売を受けるいわれはなく、競売進行は排除されなければならない。そして被告銀行は右競売申立を取下げねばならない。

二、被告会社の主張

原告雅英は、親権者たる父光好、母ハルを代理人として本件(甲)(乙)の土地を、原告光好は本件(丙)の建物を、昭和三三年八月二五日、それぞれ被告会社に売渡したもので売買代金は土地、建物を合せて合計一五〇万円であつた。従つて本件(1) (2) の登記は有効である。なお雅英は本件(甲)(乙)土地所有の名義人にすぎず、真の所有権者は光好である。

三、被告福田の主張

原告らは被告会社に本件土地建物を売渡したものであるが、仮りに右売買の事実がないとしても被告会社は原告らに対する債権担保のために本件土地、建物の所有権を譲受けたもので、被告福田はさらにこれを譲受けたものである。従つて本件各登記は有効である。

かりに原告らの被告会社に対する本件土地建物の譲渡が通謀による虚偽表示であつて無効であるとしても、善意の第三者である被告福田には対抗できず、少くとも本件土地建物に対する本件(3) の登記は有効である。

四、被告銀行の主張

原告らは被告会社に対し、本件土地建物の所有権を譲渡し、同会社は被告福田に転売し、同人は被告銀行に対し、債務の担保として根抵当権設定契約ならびに代物弁済の予約をしたもので右実体に基く本件各登記は有効である。

第四、証拠〈省略〉

理由

第五、競売の執行排除に関する訴についての判断

原告の請求の趣旨四項は本件不動産の任意競売について第三者異議の訴を目するものであるが、原告は既にその請求の趣旨三項において右任意競売のよつてたつ根抵当権設定契約の無効による登記の抹消をうたつている。従つて、債務名義の存在を必要としない任意競売の本質上、右訴が認容されるかぎり、その確定判決を競売手続(競売裁判所)において提出することにより民事訴訟法第五五〇条第一項第五五一条に準じて競売手続は取消されることになるから、原告の競売の取消を求める目的は達せられるので、改めて第三者異議の訴を提起する要はない。

(かりに第三者異議の訴によるとしても当該手続はないので、その判決により改めて競売手続上民訴法五五〇条五五一条に準ずる競売取消の手続が必要である。)従つて敢えて重ねて審判する訴の利益に欠けているので却下するほかない。なおまた請求の趣旨第五項は、被告の裁判所に対する競売手続上の意思表示の陳述を求めているが、元来民事訴訟法は私人間の権利関係乃至これに準じまたは関する公法上の権利関係を対象とするもので、司法手続上の当事者の意思表示を対象とする訴は許されないものであり、かりに当事者の意図が競売開始決定申立の却下を求めるものと解すれば四項と同一目的の範囲内の請求となるから四項同様の理由により、いずれにしても却下を免がれない。

(競売法の不備から、民訴法の執行に関する各法条、法意の準用はあるとしても、あくまでも競売手続それ自体として任意競売の執行に関する救済方法――競売開始決定に対する異議など――が認められているのであり、また訴によることを許しても通常訴訟手続上である限り、本文で判示したように、さらに競売手続上の処置は不可欠であるから、訴訟手続においては任意競売の前提となる実体的な関係の訴――抵当権不存在確認や抵当権抹消登記手続請求など――に限るべく、直接任意競売の執行排除を目する救済方法は競売手続上においてだけ許すのが本来の筋合である。その観点からすると、原告の請求の趣旨四、五項は競売手続上の申立として、当通常訴訟手続における併合審判の要件の問題となる。然しながら現行競売法上の手続規定の立法化の不備、現時社会における担保権利用の在り方と、それにまつわる当事者間の力の懸隔などから、救済方法をひろげて訴による保護もあながちに排除できないので、本文説示のような結論によるほかないが、両手続間の重複混同のきらいがあるので立法上の整備がのぞまれる。)

第六、本件登記に関する請求についての判断

当事者間に争のない事実、成立に争のない甲第五、六、七号証乙第二号証丙第四、五、六号証、被告会社の代表者中本泰資の尋問の結果弁論の全趣旨から真正に成立したと認められる乙第一号証の一、二、丙第二号証、丁第一号証、口頭弁論の全趣旨から真正に成立したと認められる乙第三号証の一から五、第四号証の一から五、証人湯川健三の証言、被告会社の代表者中本泰資原告光好(一部)の尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認定することができる。

(一)  原告光好は昭和三三年八月頃、本件(甲)、(乙)、の土地に抵当権を設定して訴外吉田善一から金三〇万円また本件(丙)の建物に根抵当権を設定して訴外関西相互銀行と債権極度額八三万円の当座貸越契約を結び、同銀行から金七〇万円を、それぞれ借り受けていた。

(二)  ところでその頃、右債務を弁済するため、知人の訴外安部を介して顔なじみになつた被告会社から金借することとなり、昭和三三年八月二二日、原告光好は被告会社事務所で安部が同会社から既に借りていた金員をも含めて、弁済期を昭和三四年一月末日として、金一五〇万円借りることにし、その中、金七〇万円については被告会社が直接関西相互銀行に弁済すること、右債務の履行を担保するため、本件(甲)(乙)の土地、(丙)の建物に譲渡担保を設定することとし、その所有権を被告会社に移転し、同月二五日付の売買を登記原因として被告会社に対し右不動産に関する本件(1) 、(2) の所有権移転登記をなした。

(三)  なお本件(甲)(乙)の土地の所有名義人であつた原告雅英は当時未成年者であつたため、親権者たる父光好、同母ハルが雅英を共同代理して自己のため、被告会社との間で譲渡担保権設定契約をするのは、親子の利害相反行為に当るかの疑念をいだかせないでもないが、登記簿上の記載などからする雅英の取得の経緯、時期など弁論の全趣旨から雅英は単に登記簿上の名義人にすぎず、真の所有者は原告光好であると認められるから右契約は有効である。

(四)  その後、弁済期にいたるも原告光好は債務の履行をせず今日に及んでいる。そして被告会社は右弁済期をすぎた昭和三四年八月六日頃本件土地建物を被告福田に譲渡し、被告福田は同月一一日頃、被告銀行に対する債務のため、本件土地建物につき根抵当権ならびに代物弁済予約の各契約を結んだ。

(五)  もつとも双方主張立証の限度では右原告らと被告会社間の譲渡担保契約の実行の方法、それに伴う債務の決済の内容が十分に感得できないので、その約旨、清算の如何によつては、被告会社の原告らに対する責任の有無が考えられないでもないが、少くとも本件各登記が原因を欠く無効なものとは到底認められない。

なお証人広田英雄、原告光好の供述中には、本件右譲渡担保契約が本件(丙)の建物にかぎられていた、とか本件(甲)(乙)の土地についての登記が原告光好に無断でなされたとか、前示各書証の作成に覚えがない、とか言及するところがあるけれども、いずれも供述態度が曖昧で、前後の事実の陳述も光好が交通事故に遭遇した時期についてのくいちがいなど、一時に窮した遁辞または自己弁解からする記憶ちがいとみられ、いずれにしても事実に即したものとは認められないし、他に特に前示認定事実をゆるがすような証拠はない。

第七、結び

以上によれば、その余の判断に及ぶまでもなく、原告請求四、五項ば不適法として却下、その余の請求は理由がなく棄却することとし、訴訟費用は敗訴者である原告らの負担とする。

(裁判官 舟本信光)

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